「自立=一人暮らし」ではない。自立するために本当に必要なものとは。

※本サイトで紹介している商品・サービス等の外部リンクには、プロモーションが含まれています。
Pocket

最終更新日 2025年3月16日

世の中では、自立は「自分でお金を稼ぎ、親元を離れて一人暮らしをし、自分の力で生活している状態」だと思われています。

  • 社会人になって一人暮らしをすれば自立。
  • 就職して自分をお金を稼げるようになれば自立。
  • 親元から離れて自分の生活をすべて自分でやるようになれば自立。

でも、それは本当に「自立した状態」と言えるのか。

現代では「自立=一人暮らし」と考えられているが、はたして親元を離れて一人暮らしをしているだけで自立したことになるのか。

どんな人でも、実家暮らしをしている人は自立しているとは言えないのか。

竜崎
結論から言うと、自立は一人暮らしをしたからといって達成されるものではなく、本当の意味で自立するためにはお金以外の面での自立も必要です。

 

一人暮らしすれば自立?

近年、「自立できていない大人が増えている」とよく言われます。

ですが、そもそも「自立」という言葉がどういった意味なのかを真剣に考えたことがある人はほとんどいません。

竜崎
個人的な意見ですが、現代では「自立」という言葉の意味が捻じ曲げられているように感じます。

いい歳して実家暮らしをし、結婚もせずに親に甘えた状態で暮らしている人のことを、世間では「自立できていない大人」とレッテルを貼る。

でも、現代の自立は「一人暮らししているかどうか」のみで判断されるため、自立という言葉の本質が失われています。

 

現代の「自立」は経済的な自立

おそらく、大多数の人たちは「自立=一人暮らし」という考えを持っています。

就職して自分でお金を稼ぎ、親元を離れて一人暮らしをし、自分のことは自分でやる。

それこそが人として自立することなのだ、と思っている人は多いです。

たしかに、自分で自分が生活するためのお金を稼ぐことは大切です。

大人になっていつまでも親からお小遣いを貰って生活しているのは、とてもじゃないが自立しているとは呼べません。

竜崎
しかし、自分が生活するためのお金を稼ぐというのは、自立という言葉に含まれた一つの意味にすぎません。

つまり、「経済的な自立」という意味です。

ですが、経済的な自立が人として自立していると証明することにはなりません。ここは多くの人たちが勘違いしてしまう部分です。

「自分でお金を稼いでいれば自立している」「一人暮らししていれば自立している」と考えるのは、経済的な側面からしか自立という言葉を考えていません。

だからこそ、世間的には自立しているように見えても、人間的には子どものような大人が世の中にたくさんいます。

「自立=一人暮らし」という考えは、自分で自分の首を絞め、現代社会で生きづらさを感じる原因にもなってしまう。

そもそも「一人暮らしすれば自立している」という認識は、不動産屋が儲けるためにつくられた言葉です。「子ども部屋おじさん」などはまさにその典型例。

自立とはお金のあるなしで測れるものではなく、人間性の自立にはもっと別のものが必要です。

 

自立で大事なのは精神的な自立

では、自立した大人に本当に必要なのは何なのか。

それは「精神的な自立」です。

いくら経済的に自立していたとしても、精神的に自立していなければ一人前の大人とは言えません。

もちろん、精神的に自立していたとしても、経済的に自立できていないのであれば、本当の意味で自立した人間とは言えません。

精神的な自立とは人間関係の自立であり、他人に依存したり執着せず、自分一人だけでも人生を楽しく生きられる精神のこと。

とはいっても、精神的な自立をするために人間関係を断ち切る必要はありません。

家族や友達、恋人や同僚と楽しい時間を過ごすことも、人生の醍醐味であり幸せの形の一つです。

ここで述べているのは、他人に対して過度に依存や執着、期待をしてはならない、ということ。

竜崎
精神的に自立できていない大人は孤独耐性が低く、ちょっとでも寂しさを感じると、友達と遊ぶ約束をしたり恋人に電話をかけたりします。

一人でいる時間の孤独感に耐えられず、常に誰かとつながりを求めてしまう。

一日中SNSをチェックしている人に対しても同じことが言えます

精神的に自立できていない人は、他人に依存して執着することでしか楽しさや充実を感じることができない。

孤独と友達になれず、一人の時間は寂しさを感じる時間でしかなく、常に「誰か」がいないと日々が充実しない。

人とつながることでしか自分を満たすことができない。

これが本当に自立した大人の姿だといえるのか。

 

自立に取り憑かれる現代人

そもそもの問題として「社会人=自立しなければならない」という風潮はいつから生まれたのか?

「一人暮らし=自立」という認識はいつから世間の当たり前になったのか?

そして、大人になれば必ずしも自立して一人暮らししなければならないのか?

竜崎
よく、大学生などがお金がなくて困っている姿をSNS上でも見かけます。

大学生に限らず、社会人になっても給料が低く、満足した生活を送れないと述べている人も多いです。

お金に関する悩みは全世代共通のものであり、若者から大人まで、多くの人たちがお金に対する悩みを抱えています。

そうした人たちは、なぜ経済的な悩みを抱えているのにも関わらず、実家を飛び出し一人暮らしをしているのか?

なぜお金がないとわかっていながら、お金がかかる生活をわざわざ自分で選んでしまうのか?

おそらくほとんどの人は「自立」することに取り憑かれています。

社会人になったら自立するのが当たり前、大人になったら親元を離れて自分の力で生活するのが普通、そうした世間の常識や当たり前を自分で勝手に背負い込み、自分で自分を追い詰めているのです。

 

自立というイデオロギー

「一人暮らし=自立」という認識を持っている人は、「社会人になったら一人暮らししなければならない」という世間の当たり前を背負い込みます。

一人暮らしして自立していれば、自分が人間的にしっかり生きているような気がするし、頑張って自立している自分を誇らしく思う人もいるかもしれない。

ですが、多くの人は次第に生きづらさを感じていきます。

「自立しなければならない」という世間の当たり前を背負うことで、つらくても苦しくても自分でお金を稼ぎ、自分の力で生活しなければならないと思い込み、少しずつメンタルが消耗していく。

「生きてるのが楽しくない」「毎日つまらない」と述べている人の多くは、自分で自分を追い込んでいることに気づいていません。

さらに、一般的な意味でいう自立にはお金がかかるのが事実。

何度も言うように、世間では「自立=一人暮らし=自分でお金を稼ぎ生活すること」と思われています。

竜崎
つまり、現代社会ではお金と自立は切り離せません。

だから、お金がなくて自立できない人のことを、ダメな人間だとレッテルを貼るのです。

誰だって他人からダメ人間だとは思われたくありません。

他人からダメな奴だと思われたくがないために、人は世間の当たり前を背負い込み、お金がないのに一人暮らしをしたり、わざわざお金のかかる生活を、「自分は自立してますよ」と自分と周りに言い聞かせるために、生きづらさを感じながら頑張って自立しようする。

日本人は必要以上に他人の目や世間体を気にする性格をしているので、自立に執着してしまうのも仕方がないのかもしれませんが、これでは生きづらさを感じるのは当然です。

ですが、お金がないことは悪いことではないし、お金がないなら実家で家族と暮らしたり、できるだけ生活コストを抑えて生きるという方法だってあります。

にも関わらず、多くの若者や大人たちが、お金に困っていながら一人暮らしやお金のかかる生活に執着するのは、やはり「自立」がイデオロギーとして世間や現代社会に深く根づいているからなのだと感じます。

 

本当の意味で自立するために必要なこと

現代で「自立」と言えば「一人暮らししているかどうか」で判断されますが、本当の意味での自立とは「他人に依存していない状態」です。

では、本当の意味で自立するために必要なことはなにか。

 

経済的な自立

自立=一人暮らし」ではないにしろ、自立するためには最低限自分の生活は自分の稼ぎで成り立たせなければなりません。

社会人になっても親からお小遣いをもらっている状態は、一人暮らしだろうが実家暮らしだろうが自立しているとは言えないでしょう。

大学生の中にはよく親から仕送りを貰って生活している人がいますが、それこそ「一人暮らししているけれど、自立できていない状態」です。

竜崎
もちろん、1人ひとり事情があるのは言うまでもありませんが、「自立」という観点から見れば、「仕送り状態は自立できていない」となります。

親から経済的な支援を受けている状態は、実家だろうが一人暮らしだろうが自立していません。

経済的自立のポイントは「経済的に自立しているかどうか」であり、自分の生活を自分の稼ぎで成り立たせている状態かどうか。

実家暮らしだろうが一人暮らしだろうが、それと経済的自立には何の関係もありません。

経済的な自立はあくまでも、「自分1人のお金で生活できるかどうか」が判断基準となる。

経済的な支援を受けている状態は、親に依存している状態です。

ですが、たとえ実家暮らしでも生活費を渡し、自分のことを自分でやっているのであれば、経済的な自立は達成できます。

自立とは「他人に依存していない状態」のことですが、それは実家暮らしでもできるのです。

 

精神的自立

次に「精神的自立」についてです。

精神的自立とは、主に精神が自立しているかどうかで判断することができます。

精神的自立の判断基準としては、自分で考え、自分で決断し、自分で行動しているかという点。

そして精神的自立でもっとも重要なのが、他人から自立しているかどうかという部分です。

実際、経済的に自立している人の中にも、他人から自立している人は少なかったりすします。

たとえば、お金はあっても寂しくて毎日遊びまわり、常に誰かとつながっていないと落ち着かない人は、精神的に自立できていません。

竜崎
私たちは小学校に入るなり、「友達100人でっきるっかなぁー♪」などという歌を歌わされますが、これは「友達は多ければ多いほどいい」という考えが世間に深く根づいているからです。

友達は多いほうがいいのかどうかは人によって異なりますが、人間関係で大事なのは、数ではなくお互いの関係性です。

精神的な自立をするには、他人に依存することなく、一人で生きていける心の強さを持つことが不可欠。

この観点から言えば、経済的に自立をしていても、実家暮らしをしている人の中には精神的に自立できていない人もいます。

「寂しいから実家暮らしのほうがいい」「常に家に誰かいてほしい」という人は、精神的に自立できていません。

ですが、それは「一人暮らししなければ、精神的な自立ができない」と言う意味ではなく、大切なのは「他人がいなくても人生を楽しめるかどうか」です。

 

他人に依存しない人が本当に自立した人

現代では推し活が精神の安定になっている人も多いですが、自立という観点から考えるとあまり良くない状態です。

もちろん、推しがいることで仕事を頑張れたり、嫌なことにも耐えられたり、楽しみがあって幸せに生きられるという人もいます。

ですが、他人に自分の人生の舵を握られているような状態、つまり、推し活が依存になっている場合には注意が必要です。

依存とはそれなしでは生きられない状態であり、自分で自分の機嫌を取れなかったり、人生の舵を他人に任せている状態のこと。

好きな人がいるのは素晴らしいことですが、それが依存になってしまうと、好きな人の言動に一喜一憂することになります。

推し活には「私を楽しませてくれる」という期待が込められていて、他人に期待するのは「裏切り」などの感情を生むことにもつながります。

推しや好きな人がどんなことをしようがその人の自由なのに、何か気に入らないことがあれば勝手に失望し、勝手にショックを受ける。

竜崎
これは精神的な自立ができていない典型的な症状で、まさしく他人に依存している状態です。

他人に依存しているうちは、たとえどれだけお金があっても、自立した大人とは言えません。

人生の舵はしっかり自分自身で握り、他人に依存するのではなく、他人と自分との距離を適切に保てる人が、本当の意味で自立している人間なのです。

 

【まとめ】自立は経済的自立と精神的自立の2つが合わさったもの

一人暮らしをしている人を見ると、世間からすれば「自立している人」のように見えるでしょう。

ですが、自立は一人暮らしをした状態ではなく、自分の生活を自分で稼いだお金で成り立たせ、他人に依存していない状態のことです。

つまり、「経済的な自立」と「精神的な自立」の2つを果たした状態が、本当に自立した状態となります。

竜崎
自立はなにも一人暮らしでしかできないわけではなく、お金を稼いでるから自立しているわけでもありません。

自分で勝手に世間の当たり前を背負い込み、自分で自分を追い込むのもバカげています。

世間体や他人の目を気にすると、「自立するには一人暮らししないといけない」と思い込んでしまいますが、それは間違いです。

自立に悩んでいる人は、一般論ではなく自分なりの自立を果たすことに集中してみてください。

Pocket

【電子書籍発売中】現代の仕事論:自分らしく生きるための仕事の選び方と働き方

働く意味、仕事と労働の違い、後悔しない仕事の選び方、自分に本当に合った働き方…仕事に関する悩みをまとめた一冊!

Kindle Unlimited会員のかたは無料で読めます。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です