最終更新日 2025年3月5日
芸能人の浮気や不倫が炎上するのは、現代ではめずらしいことではなくなっています。
SNSを開いているだけで、誰々が浮気した、不倫をしたという情報が書き込まれ、それに対してみんなが一斉にガソリンを撒き、マッチに火をつけ、一気に炎上する。
こうした現象は紛れもなく現代のSNSによって助長されていて、SNSがあることによって人間の行動が昔よりも可視化され、芸能人のプライベートやパパ活事情などが透明性の元に晒されています。
これは時代の流れとしてはどうしようもできないことであり、その流れはこれからも加速していくでしょう。
そこで今回は、一般的にセンセーショナルな話題として扱われる、浮気について考えていきます。

でも、浮気や不倫をする人を頭ごなしに否定する気もサラサラありません。
なぜなら浮気や不倫をしたいという衝動は人間にとって自然であり、本能だと思っているからです。
浮気をする人としない人の違い
「浮気をした」という話を聞いたとき、あなたは一体どういう感情を抱くでしょうか。
「浮気をするなんて最低だ」
「不倫はしてはダメなこと」
「パートナーを裏切るなんて信じられない」
おそらく、そう思う人が大多数です。
「浮気や不倫は悪いこと」そんなことは昔からずっと言われ続けていて、物心がついたときから私たちは「浮気、ダメ、ゼッタイ」という考えが頭の中に根づいています。
たしかに浮気は相手を裏切り、相手の心を傷つけているという意味でダメだと言えます。
とくに不倫は法律でも禁止されており、法律を破ればそれ相応の報いを受けなければなりません。

ですが、世の中には浮気する人としない人がいて、浮気する人は何度だってするし、浮気しない人は1回もしません。
では、浮気をする人はどういう気持ちで浮気しているのか。
ただ性欲に負けているだけなのか。それとも流れに負けて雰囲気でやってしまっているのか。
浮気をする人は自分のやっていることが悪いことだと思っているのか。それとも悪いとわかっていながらもやってしまっているのか。
あくまで推測ですが、浮気をする人としない人の違いは、感情面の違いというよりも、状況や環境による違いがあります。
つまり、浮気をする人は浮気をしやすい状況や環境にいて、浮気をしない人は浮気をする状況や環境に身を置かないということです。
浮気は場所・タイミング・相手が揃うことが条件
個人的には、人間は誰でも浮気や不倫をするものだと思っています。
ですが、それは「しかるべき場所」「しかるべきタイミング」「しかるべき相手」という条件がそろった場合の話で、場所・タイミング・相手が揃うとおそらくほとんどの人が浮気をしてしまうのです。
もちろん、人によってはどんな状況になっても、どんな相手に誘惑されても、どんなにリスクがゼロなタイミングになったとしても浮気をしない人もいます。

浮気をしない人は、浮気をしそうになる場所、浮気をしそうになるタイミング、浮気をしそうになる相手の3つをうまく避けています。
逆に、浮気をする人は、浮気ができる場所、浮気するタイミング、浮気相手の3つが絶妙にマッチし、浮気をするのに適した状況と環境が揃う場面にいることが多いです。
性欲の強いは例外ですが、基本的に人は場所とタイミングと相手が揃わない限り、わざわざハイリスクを取り、浮気をする確率は低いです。
勘違いしてほしくないのが、「浮気を実際にする」のと「浮気をしたいと思う」のは別であるということ。
仮に浮気をする人が少ないと仮定しても、浮気をしない人でも浮気をしたいと思っている可能性はゼロではありません。
性欲があまりない人を別にすれば、たとえパートナーがいたとしても、性に関心があるのは自然なことです。
浮気をしやすい場所・タイミング・相手
さきほど言ったように、浮気をする人は「しかるべき場所」「しかるべきタイミング」「しかるべき相手」と会う機会に自分を置いていることが多いです。
たとえば、場所でいえば飲み会やクラブ、人数合わせの合コンなどが挙げられ、タイミングは恋人の仕事中やお酒を飲んだ後、出張や地元に帰省したタイミングなど。
相手は仕事の同僚や誰もしらない異性の友達、元カレや元カノ、マッチングアプリなどが挙げられます。

あくまで私見ですが、そんな人はほとんどいません。
多くの人はたとえ後で罪悪感を感じるとしても、場所とタイミングと相手が揃い、お酒などで冷静な判断ができない状態になると、浮気の欲望に負けてしまいます。
浮気をしない人というのは、浮気への欲求がない人のことではなく、浮気をするような状況や環境に自分を置かない人のことです。
しかるべき場所、タイミング、相手が揃うと浮気をする欲望に負ける可能性が高いなら、はじめからそうした環境に自分を置かないようにすればいい。
ホメロスのオデュッセイアに登場するセイレーンの話では、オデュッセウスがセイレーンの歌声を聞くために、あえて自分の行動をコントロールする場面があります。
セイレーンの歌声はとても甘美で、歌声を聞いた者はセイレーンに引き寄せられ、岩礁に船を打ちつけて難破する運命にありました。
ですが、オデュッセウスは船員たちの耳に蝋を詰め、自分はマストに縛り付けることで、セイレーンの歌声を楽しみながらも船の難破を防ぐことに成功しました。

浮気をしない人は、このオデュッセウスに似ています。
浮気をしない人は、自分の意思の弱さを理解し、しかるべき場所、タイミング、相手に誘惑されると浮気してしまうかもしれないと自分のことを理解している。
だからこそ、そうした環境に自分を置くのを遠ざけているのです。
浮気をする人としない人に意思の強さは関係ない
浮気は感情的にも決して容認できるものではありませんが、浮気をしたいと思うのは欲求や欲望、性欲がある人間なら仕方のないことです。
ですが、人間は本能で行動する動物ではなく、理性で行動できる生き物です。
浮気をする人は深く考えず、その場のノリや雰囲気に流されながら行動し、結果として浮気をする場所とタイミングと相手が揃う条件のところへ頻繁に顔を出している。
一方、浮気をしない人は自分の欲望を理解し、意識的か無意識かに関わらず、性欲が刺激されたり浮気しそうになる状況をうまく避けている。
ダイエットをするときはお菓子を目に入るところに置かないのが大事なのと同じで、浮気などやっちゃいけないと思うことには、はじめから近づかないのが賢明です。
浮気をする人としない人の間に、意思の強さは関係ありません。
どんなに意思が強い人であっても、意志が弱くなる環境に身を置けば、簡単に道を踏み外します。

浮気しやすい環境によく身を置いている人は、遅かれ早かれいつかは浮気する可能性が高いと思っておきましょう。